古武術を学ぶ

殺陣

こんにちはLady Kuuuです(`・ω・´)/
2020年に殺陣に出会い、殺陣を始めて2年…
さらに知識も経験も増やしていきたい。

そんな中「古武術」を学ぶ機会が到来。
しかも知る人ぞ知る伊藤悟先生!

今回は2回目の講義に参加。

先生との初めての出会いは古武術ではなく
ご飯屋さん知人の紹介でした。

その日、先生のお人柄に感銘を受け←
先生のファンになりました。

習い事において大事なのは
先生が好きかどうかだけだと思う。

ということで行ってきました。
「古武術」のお勉強!

體が整う・崩れる

2時間のワークショップ。

體(からだ)が整うか崩れるか
色々な事で実験してその感覚を得る。
その繰り返し。

例えば散らかった物を見て横から腰辺りを押されると
グラグラとカラダは弱い。

しかし、片付いた部屋で
横から押されてもビクともしないとか。

色んな事で試しては体の感覚を知っていく。
その中で驚いたのは木の素材。

木の杖(山伏さんが持ってそうな長めの杖)
素材によって體が整う感じが分かったり、
スカスカとした素材のものでは弱くなったり。

握り方でも体の強さは変化。
ぎゅっと握るとカラダは弱くなる。

そして刀(模擬刀)を持つと體は整うのだ。

殺陣の先生に「刀は力を込めて握ってはならない」
そう教えられた意味が分かったように思います。

體-からだ-を整える

先生は繰り返し「体が整うと潜在意識が喜ぶ」と。
潜在意識というとあやふやなものになりそうなのだが、
本能に近いものだと今の所、解釈しています。

さらに本能とはなんぞや?となるので
先生から習ったことを深めるために
考えてみたいと思います。

本能とは感情や感覚、身体で感じるもの
言語化されるその前の感覚…。

感覚は言葉より先に答えを出すし
その理由なんて快か不快かそんなところだろうし
切っても切れない思考との縁で
快の条件は決まってくるのだろうし、

そうなると大事なのは
感覚と思考、どちらも十分に機能させること
無闇に感覚に振るでもなく、
また、思考過多になることもなく
素直なまま感覚を翻訳する思考と

思考を素直に感じる感覚
このタッグが気持ちよさとバランスを生むのだろう。

身体とはおおおよそ感覚の生まれる場であり
感覚は身体中を流れ、
また思考も体を流れるものであろうから
ズレがないのがいい。

身体と心

身体が歪むと気分が滅入ったり
気分が滅入ると姿勢が悪くなったり。

身体を整えるというのは
身体中をめぐるパイプのヨレを正すようなもので
流れを流れのままに流せる身体なような気がしている。

その流れに乗って気持ちも思考も体を駆け巡る
駆け巡っているもので行動や習慣の方向性ができる

滞っているところや
澱んでいるところは
不思議と出来事が教えてくれるもので
その時に素直に非があれば認め
足りないものがあれば補い、
言い訳しないストンとした感覚でいたいものだ。

認めている自分はその時は辛いけど、
後々揺らがなくなることを知っているし、

言い訳すればその時は楽だけど
長い間ゆらゆらとグラつく自分になると知っている。

整いたいと思うことは
様々な判断の時において一つの指標になる。

だから整っている身体を知るというのは
とても大切なことなんだと思っている。

整いは周りにも影響するものだし、
きっと殺陣にも影響するはず。

私のやりたい殺陣には「整う」が不可欠。
これからもまだまだ捩れいてる感覚と思考のヨレをできるだけ減らし、
整っていきたいと思います!


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